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超高精度シミュレーションでイオンチャネルの「常識」に挑む

医学部 特命助教(分子生理学)

炭竈 享司 先生

生命の根源、イオンの流れ

すべての生物の最小単位である「細胞」は、栄養素の摂取や老廃物の排出を「膜」を通して行い、また、他の細胞との間での情報伝達物質のやりとりを行っています。こうした細胞活動のメカニズムを解明することは、いわば生命現象の根源を解き明かす試みともいえます。

私が研究している「イオンチャネル」は、イオンを細胞内外に輸送するための細胞膜に穿たれたとても小さな「孔」のことです。細胞はこの孔を介してカリウムやナトリウムのイオンを輸送することで、心臓や神経、脳の活動に必須な電流を発生させます。 我々が心電図や脳波として観察している生命現象は、イオンの移動によって惹き起こされているのです。

このイオンチャネルを通るイオンの流れ、つまり電流が乱れると、高血圧や不整脈、てんかん等のさまざまな疾患、いわゆるチャネル病の原因となります。このイオンチャネルのメカニズムを知ることは、それら疾患の根本的な治療法や新しい薬の開発に結びついていく可能性を秘めています

従来比1000倍の超高精度で解析

K+ チャネル(Kv1.2)の構造イオンチャネルでのイオン輸送のメカニズムは、コンピュータによる「分子動力学シミュレーション」によって解析することができます。イオンや細胞膜を形成するたんぱく質の原子も一般物理法則で動いているからです。これまでの研究では、数百億分の1秒という精度でメカニズムが解析されてきました。

それによると、イオンチャネルにある「ナノ空洞」というやや広い孔、「選択性フィルタ」という狭い孔の二段階に分かれた構造のうち、選択性フィルタに一列に並んだイオンが、後からやってきたイオンに玉突きされることで順番に押し出されていく、あたかもビリヤードのような運動であるとされ、ナノ空洞の役割は調べられていませんでした。

常識とされていたこの運動機構に、私たちは、時間解像度を10兆分の1秒にまで高めた超高精度シミュレーションで挑みました。その結果、イオンチャネルとイオンの驚くべき挙動が分かってきたのです。

「当たり前」を疑え

イオン透過のスナップショット。青・緑は選択性フィルタ内にいるK+ イオン、赤はナノ空洞内のK+イオン。選択性フィルタ内で交互に並んでいるK+ イオンと水分子が右(細胞外)にずれると、ナノ空洞内のK+ イオンが追いかけて選択性フィルタに入るイオンは衝突によって押し出されるのではなく、衝突の前から動き出していたのです。選択性フィルタに並んだイオンは、空だったナノ空洞にイオンが1個進入した瞬間に動き始めます。その直後、ナノ空洞のイオンは選択性フィルタに移動。再び空になったナノ空洞には、次の新たなイオンが1個進入し……という運動を繰り返しており、ビリヤードのような動きではないことが判明。これまで単なる空間とされてきたナノ空洞がむしろイオンの流れる速さを決めていることがわかり、イオンチャネルのその他の機能についても重要な役割を果している可能性も浮上してきたのです。

本研究で得られた知見は、生命現象の解明や先述した医療への応用、さらには燃料電池に用いられる水素イオン透過膜の開発など異分野での活用も期待されています。

常識を疑い、新たな事実を発見し、未来を変える―私たちが行っている基礎研究には、そんな醍醐味があります。

今ハマっていること★

紅茶とクラシック音楽です。何種類かのダージリンを研究室において楽しんでいます。研究に集中できるのは音楽を聴いている時。特にベートーベンが好きです。